甲斐歯科のインプラントの歴史
甲斐歯科のインプラントの歴史
昭和46年、アメリカから著明なインプラント専門医が来日して、大阪歯科大学でインプラント専門の研修会が一週間にわたり、ハードなスケジュールで行われました。
この時、日本各地から7名の歯科医が参加して研修を受けましたが、このころが、日本における歯科インプラントのはじまりの時期だと記憶しています。
私もこのセミナーに参加して勉強をさせてもらいました。
これがきっかけで、私もインプラントを研究するようになり、臨床の場に取り入れるようになりました。
私が、最初に、患者さんの顎の骨の中にインプラントを入れたのは昭和48年9月で、これが熊本県内のインプラントの第一号となりました。
この患者さんのインプラントは今も健在で機能を維持しています。
その当時はインプラントに対する研究や情報も少なく、インプラント手術に非常に苦労をしたのを憶えています。
私は、それ以来、インプラントの勉強を続け、当医院の臨床の中にとりいれて今日にいたっています。
その時代からすでに三十数年の月日が経過しました。
そのようなインプラントの創世記から比べると、現在はインプラントの技術がすばらしく進み、比較的容易に手術が可能になってきています。
その理由としては、インプラント手術技術の飛躍的進歩が基本にあることは勿論ですが、
そのほかにも
- インプラント自体のサイズが小さくなり、骨の中に植えやすくなった
- インプラントの材質がよくなり、骨と良く結合するようになった
- インプラント植立手術の際に使用する機械器具が発達した
と言ったことが挙げられます。
この三十数年のあいだ、私も、臨床の中で沢山の方にインプラントをおこなってきましたが、私の永い臨床経験からしますと、インプラントは「失われた咬合の回復」には非常に役に立つ素晴らしい方法だと確信しております。
適切にうえたインプラントはその人の食生活にすばらしい結果をもたらし、また、その人の寿命があるかぎり、その人の口の中に健在で、一生涯にわたって、その人の食生活に多大の貢献をします。
『インプラントは何年もちますか?』と、多くの人からよく質問されますが、『適切にうえたインプラントはその方の寿命があるかぎりもちます』と、私はいつも御返事をしています。
インプラントが日本の国の歯科医療でよく使われるようになったのは、ここ数年のことで、まだ十年足らずです。
最近では、インプラントに関心をおもちの方がふえてきましたが、一部には、なんでもかんでもインプラントで、万事OK・・・インプラントさえすれば歯科の治療はすべてうまく行く、といったような風潮もあるようです。
当医院にみえる患者さんの中にも、インプラントを希望なさる方が多数おられますが、しかし、なかにはインプランのことはよく御存じなくてインプラントを希望される方もおられます。
しかし、インプラントは、歯科治療の一部門であって、口の中の治療がすべて、インプラントだけですむと言うものではありません。
インプラントはたくさんある歯科の治療の中の一部門です。
むし歯の治療とか、歯周病の治療、冠とかブリッジの製作技術、矯正の治療、顎関節の治療などと言った、いろいろな歯科の基本となる治療のレベルが低ければ、たとえ、インプラントだけうまくいっても、その人の口のなか全体の治療は失敗に終わってしまいます。
一口腔単位の治療という言葉をおききになったことがあると思いますが、すべての治療のレベルが高度であって、はじめてインプラントも永くその人の口の中で素晴らしい機能を一生涯にわたって発揮することが出来ます。
例えば、インプラントはうまくいったが、歯周病がすすんで他の歯はダメになった、また、インプラントを土台にしてブリッジを作ってもらったが、作ったブリッジの噛み合わせが悪くて物が良く噛めず、さらにひどい場合は顎の関節に異常をきたし顎関節症をおこしたなど・・・インプラントをした意味がなくなってしまいます。
従来から行われてきた色々な歯科治療もきっちり行われて、はじめてインプラントの価値が不動のものとなり、その人の口の中の健康は将来にわたって素晴らしい結果が約束されると考えます。






